生者からの手紙
 ねえきみ、信じられるかい? ぼくは今、死者の国まで来ているよ。



 それはずいぶんと長い旅路だった。死者になりさえすれば、瞬きの間に着けたのかもしれない。けれど、きみのところに戻れなくなるのはいやだったから、ぼくは生きたまま旅立ったんだ。そうしたら、ここに来るまでに、さんざん回り道をさせられたよ。この国は、生者が間違えて迷いこまないように、命あるものには簡単に辿り着けない仕掛けになっているんだ。だからかな、実際に生者がやってきたときのことなんて、この国の人はあまり考えていなかったらしい。

 そもそも、死者の国に訪れた生者は、ここにそのまま居座る人たちが大半なんだ。ここには死というものが存在しないから、彼らも永い時間に耐えかねればこの国を去っていく。けれど、それはすべて生まれ変わるというかたちでだ。生まれ変わらずに生者の国に戻りたいだなんて言いだしたのは、ぼくが初めてだったらしい。前例のない事態に、国王陛下と側近たちが、三日三晩にわたって議論を繰り広げたって話だよ。

 うん、ぼくは聞いただけなんだけどね、どうやらそういうことがあったらしい。だからこそ、こうして手紙を書いているというわけさ。本来なら、死者の国から生者の国へ物を持っていくのは禁止されている。けれど、それはあくまで死者のための決まりだということで、今回だけ特別に許可がもらえたんだ。

 きみ、まだ覚えているかい。死者の国はどこにあるかって話で、ぼくと口論になっただろう? きみは天上だと言い張り、ぼくは地下だと言って譲らなかった。あのときのぼくはとても大人げなかったと、今になってそう思うよ。ぼくは死者の国がどこにあるのか、それを確かめるために旅に出た。きみに真実を伝えられるつもりでいた。あれきり会えなくなるだなんて、まるで考えていなかったんだ。

 ねえ、ぼくらはひどくおかしな言い争いをしていたんだよ。なぜって、地下と天上は同じところを指す言葉だからさ。地上と天下が同じものだってようにね。だからぼくはきみの真下で、少しだけ地面を揺らして合図をするよ。そうしたら、きみはどうか空を見上げて。もしもそこに深い青が広がっていたら、それがぼくの涙の色だ。寂しいのはきみだけじゃない。ぼくだけでもない。そう思えたら、少しだけ心も軽くなるだろう?

 この手紙が本当にきみの元にとどくのか、それすらもぼくにはわからない。けれど言葉としてとどかなくても、思いだけは伝わると信じているよ。もうしばらく会えないけれど、ぼくはきっと、きみのそばにいる。



 ねえきみ、信じられるかい? ぼくは今、きみとは違う世界にいるんだよ。
fin.