恋に溺れた二人 --- Forget me not
[ After ] side ----- 流されてきた少年の話
 こんにちは、旅の方。今日はいいお天気ですね。どちらからいらしたんです? ああ、川上のほうから……。あの、すみませんが、上流にある町か村で、川に流された人がいるって話を聞きませんでしたか? 一年くらい前のことなんですけど……。

 なぜそんなことを聞くのかって、……ええと、実は僕、川上から流されてきたところを助けてもらったらしいんです。この森をちょっと入ったところに、小さな滝があるんですが、その上から落ちてきたって、助けてくれた方が言ってました。一年前のことです。でも僕、ここの村の人じゃないみたいで、だから上流のほうでそういう話がなかったかと……。ええ、そうなんです、目を覚ましたときにはもう、記憶がなくなってて……。自分の名前も思い出せないんです。どこに住んでいたのか、どうして溺れていたのかも、まったくわからないんです。

 ただ……、花のことを思い出すんです。青い花で、一つ一つの花はすごく小さいんですけど、それが集まって房のようになって……、可愛らしくて、でも、どこか淋しげな花なんですよね。その花が、たくさん咲いているのが見えるんです。その花のことを思い出すと、なんだか胸が苦しくなるんです。……うまく言えないんですけど、どうしても忘れてはいけない何かを、忘れてしまっているような気がするんです。

 それで、僕がもともといた場所に戻れば、何か思い出せるかもしれないって……、そう思ったんです。上流のほうで、何か聞きませんでしたか? 誰か川で溺れたとか、行方知れずになったとか。

 え、聞いたことがあるんですか? 一年前くらいの話で? あの、その話、いったいどこで……、え、でも女性の方の話なんですか。それじゃあ、僕とは関係ないですよね……。そうですか、その方はそのまま亡くなってしまったんですか……。悲しいことですね。僕も、もしかしたら死んでいたかもしれないんですよね。……命が助かっただけでも、ありがたいと思わなければいけないですよね。きっと……、そうですね。