恋に溺れた二人 --- Forget me not
[ Before ] side ----- 花を手にした少女の話
 どうしてこんなところにいるのかって? それはね、旅人さん。わたしにとって、ここは特別な場所だからよ。彼と最後に別れた場所なの。

 ほら、あそこの中洲を見て。青い花が咲いているでしょう? ええ、わたしの目と同じ色ね……、彼もそう言っていたわ。彼はあの花をわたしに摘んでくるって言って、この川を泳いでいったの。もちろんわたしは止めたのよ、その日は雨のあとだったし、危ないからって。でも大丈夫だって言って……、見ていて気が気じゃなかったわ。

 彼はなんとか中洲まで辿り着いて、そして摘んだ花で花束を作ってくれたわ。そしてそれを持ってこの川辺に戻ってくる途中で……、流れに飲まれてしまったのよ。それでも彼は、花だけはわたしにと思ったらしくて、その花をこちらに放ってくれたの。僕のことを忘れないで、って言いながらね……。

 でもね、その花束、川辺までは届かなかったのよ。もう少しの距離だったんだけど……、何もしなければ、彼と一緒にそのまま流されてしまってたわ。わたしは夢中で手を伸ばして、花束を掴んだの。体勢を崩してしまって、川に落ちてしまったけれど、でも彼がくれた花はこの手の中にあった。

 ええ、わたしは川辺に近かったから、このあたりの水草に引っかかったんだけど……、彼はずっと下流のほうまで流されてしまったみたい。もしかしたら生きているかもしれないけど……、でもたぶん……、そうよね、生きているならここに戻ってきてくれるはずだもの。

 だからわたし、ずっとここにいるわ。彼を決して忘れないように。ずっとこの花と一緒に……、そう、今年はこの川辺にも咲いたのよ、彼がくれた花束のおかげね。きっと、来年はもっとたくさんの花が咲くわ。……この花はいつも、彼のことを思い出させるの。彼のことを……、そして、彼の最後の言葉を。

 わたし、決して忘れないわ。何年、何十年が経ったとしても……、たとえ千年の時が過ぎ去ったとしても、きっと、忘れられないわ。