なぁ旅人さん、あんた、以前この町からの輸送を独占してた男を知ってるかい？　……なんで過去形なのかって？　それがな、半年前に突然死んじまったんだよ。それも、あんまりでけぇ声じゃ言えねぇんだがよ、殺されちまったのさ。

　うん？　誰がやったのかって？　それだよ、その話をしようと思ってたんだよ。あの旦那、結構あくどいこともやってたしな、その恨みでって線もあるにはあるんだが……、一応、犯人ってことにされた奴はいる。まぁ、怪しいってだけで、はっきりとはしてねぇんだけどな。ああ、けど、そいつの話をするには、もう少し昔の話から始めねぇとな……。

　旦那はな、欲しいものは何でも手に入れなきゃ気が済まない性質だったんだ。だからよ、欲しいものはどんな手段を使っても手に入れてきた。金しかり、権力しかり、女しかりさ。まぁ、この町じゃあ大抵の女は旦那に気に入に入られようとしてたもんだがな。なんせここらじゃ有名な金持ちで、見目もそこそこよかったしな。

　けどよ、その旦那がいくら声をかけても、毛ほどもなびかない女がいた。当時の、この酒場の歌姫さ。町一番の器量良しって言われてた女だからな、旦那も当然目をつけてたんだが、この女がな、どんな奴からの誘いも全部蹴っちまうんだ。旦那もいろいろ言ってはみたらしいんだが、けんもほろろってな状態だったらしい。それでとうとう切れたらしくてな、親のほうに大金掴ませて、まあ、平たく言えば、女を買ったわけだな。

　旦那はそれで少しは気が晴れたらしかったんだが、もちろん女のほうはそうはいかなくてな……、こんな男とは口もききたくない、虫にでも話しかけてるほうがまだマシよ、とか何とか言ってな、ついには一言も口をきかなくなったらしい。旦那が何を言ってもひたすら無視、視線すら合わせようとはしなかったって話だな。

　旦那はどうにか女の気を引こうと、手を変え品を変えいろいろやってたらしい。それにな、それまでは女遊びで有名だった旦那がよ、ぴたりと遊びをやめたんだよな。こいつぁ今度こそ旦那も本気かね、ってあんときは町中の噂になったもんだ。そういう旦那の態度に、女のほうもついには心を開いたらしくてな、一時期の二人はそいつぁ睦まじい様子だったってな。

　しっかし世の中、うまくはいかねぇもんで、旦那はすぐに女に飽きた。こいつぁあれだな、手に入らないものをどうにかして自分のものにする、そこんとこに旦那は燃えてたんだろうな。手に入っちまったら興味も失せた、ってとこだろうよ。

　それで旦那はまた、以前のようにふらふら遊びだした。気に入りの女が結構いたらしくてな、屋敷を空けるのもしょっちゅうだったらしい。気の毒なのは女のほうで、そりゃあ落ちこんだんだろうよ、見てわかるぐらいにやつれちまった。気まぐれな旦那のことだ、いつ屋敷を追い出されるかわかんねぇし、かといって自分を売った親のとこになんざ戻れねぇしな。たぶん相当追い詰められてただろうよ。

　そんなときなんだよな、旦那が殺されたってのは。聞いたところによると、旦那はあちこち刃物で刺されて血まみれになってたらしい。で、死んでる旦那に覆いかぶさるようにして、女は半狂乱で泣いてたって話だ。引き離そうとしたら泣き叫んでひどいってんで、しばらく誰も手が出せなかった。女は旦那にすがりついて、どうして、とか、目を開けてよ、とかいろいろ呼びかけ続けてたらしい。痛ましくてとても見ていられなかった、って居合わせてた奴が言ってたよ。

　状況が状況だったから、殺したのはこの女だろうとみんな思ったんだが、どうも女の様子はそういう感じじゃない。いろいろ訊いてみもしたらしいんだが、女のほうは精神的に相当やられてて、何を訊いてもまともな答えは返ってこなかったってさ。ただ、うわごとみてぇに、あたしを見て、愛してるって言って、とかそんな内容のことを繰り返してたらしい。

　女はもともとやつれてた上に、それで余計に体を壊して、それから幾分もしねぇうちに死んじまったよ。他に怪しい奴もいるこたぁいたが、どいつもこいつも決め手に欠けるってんで、とりあえず犯人はこの女にしておこう、って感じで事件は終わり。そんなこんなだから、誰が旦那を殺したか、ってのは結局よくわかってねぇんだよ。

　なぁ旅人さん、どう思う？　俺はやっぱり、旦那を殺したのはあの女だって感じがするんだよな。愛しさ余って憎さ百倍ってやつだ。女ってのは怖いもんだなぁ。へっ、気をつけねぇとな。