悲痛のつがい --- The end of his sadness
[ Before ] side ----- 痛みを抱える話
 え、ああ……、こんにちは、旅の方。……この傷ですか。ええ、大丈夫です。いつものことですし、もう慣れましたから……。……ええ、まあ。でも、仕方がないんです。こうして僕が血を流さなければ……、僕も彼女も、死んでしまうのですから。……ええと、……そうですね……。

 僕たちは……、以前、あの山を越えた向こうの国に住んでいました。そこは、神さまが治められている、平和で豊かな国でした。その国で、僕たちは、神さまに仕える神官職に就いていたんです。神官は、神さまに選ばれなければなることのできない、誰もが憧れる名誉の職でした。でも……、僕たちは、規律を破ってしまって……。神さまのお怒りに触れてしまったんです。

 どんな規律を破ったのか、ですか? そうですね……。旅人さん……、神官は、神さまのためにすべてを捧げ、神さまのためだけに存在する職です。その神官が、神さまよりも他の誰かを想うだなんて、あってはならないことなんです。僕たちが犯したのは、そういう……、神さまに背く大罪だったんですよ。

 僕も彼女も、自分たちの罪の重さは十分理解していました。だから、神さまがどんな罰をお与えになろうとも、それを恨みはしません。できることなら、彼女のことだけはお許しになってほしかったけれど……、でも、仕方がありません。神さまは、いつでも、誰に対しても公平ですから。

 神さまは、僕たちを追放する前に、こう仰いました。それほどまでに互いを求めるのならば、互いを糧に生きるがいい、と。そしてそのお言葉は、僕たちに、永遠に続く呪いとなって刻まれたのです。そのとき以来、僕たちは、互いがなければ存在できない片割れ同士となりました。互いを糧としなければ、生きていけなくなったのです。

 僕は毎日、こうして自分を傷つけます。僕の血と痛みこそが、彼女の糧となるからです。僕が傷を負わなければ、彼女は死んでしまうのです。それと同じように……、僕の糧は、彼女の涙と悲しみです。彼女は、自分のために傷を負う僕を見て、いつも悲しみに沈んでいます。そんな彼女の姿は、とても痛々しくて、それを見ている僕も悲しくなります。でも……、彼女のその悲しみこそが、僕の糧になるのです。

 彼女の悲しむ顔なんて、できれば見たくありません。本当は、笑っていてほしいと思います。けれど、彼女が悲しまなければ、僕は死んでしまいます。そうなったら、彼女もまた、死んでしまうのです。だから、僕は……、僕たちは……、どうすることもできません。ただこうして、悲痛に暮れて、生きていくしかないのです。

 それでも、僕は……。おかしいと思われるかもしれませんが、僕は……、彼女と共に在れることを、幸いに思うのです。彼女を想い、彼女に想われ、こうして二人で共に在れることを……。それは、あのままあの国で神官として生きていたら、決して叶わぬ願いでした。……神さまは、もしかしたら……、僕たちのことを、お許しになってくださったのかもしれません。だって僕たちは、どんな形であれ、こうして今も、共に生きることができているのですから。

 この身に刻んだすべての傷は、彼女を愛した僕の誇りです。たとえ、僕のこの想いのために、彼女までもが呪われてしまったのだとしても。彼女がこの先、永遠に続く悲しみから、逃れられないのだとしても……。

 ああ、けれど……。せめて、日々の悲痛の中で……、ささやかでもいい、ほんの一瞬でもいい、幸せを感じることができれば。彼女の悲しみが、少しでも、和らぐ時間があれば……。ただ、そう願います。そのためになら、僕は何だってするでしょう。どんな痛みを抱えていても、彼女に微笑みかけるでしょう。それが……、彼女の涙を止められない僕にできる、唯一の償いなのでしょうから。