博士の休日
[ 1 ]   プロローグ --- 旅立ちの日( " I " side )
 森の中の一本道を、ただひたすらに、歩き続けた。
 振り返るつもりはなかった。
 私は、決別してきたのだから。
 それでも――

 ――一度だけ、振り返った。
 これまでの、私のすべてが住む場所を。
 けれど、なつかしい『家』はもう、わずかにも見えなかった。

 思い出す。前の前の、満月のころ。
 私の心に、拭えぬ疑念が棲みついたころ。
 博士は、新しい発明品を作り上げるのに夢中で、毎日上機嫌だった。
 けれど。
 目に見えないところで、きっと、崩壊は始まっていたのだろう。

 ……かすかに、首を振る。
 重い足を引きずるように、また、歩き始める。
 もう、あの日々には戻れない。
 私が、私自身の『望み』を叶える、そのときまで。

 ――あなたには、会えない。

 それを、自分で、決めたのだから。