博士の休日
[ 5 ] エピローグ --- 旅立ちの日( " D " side )
明るい初夏の日差しが、緑に輝く森で踊る。
『家』の前の道は、北から、南へ。
通る人もほとんどないのに、とてもきれいな、『道』としての状態を維持している。
それもまた、君が望んだことなのだと。
君は結局、知ることもないまま、行ってしまった。
「ねぇ、マスタァ」
見えなくなった背中に、ぽつりと問いかける。
「僕は、君の望み通りの『博士』で在れたのかな?」
答えは、ない。
返ってくるはずもない。
ただ、僕は微笑んだ。
ただ、思い出していた。
自分が生まれてきた日のことを。
強く切なる『望み』によって、『生み出された』、その日のことを。
「すべてを失くした君のために、すべてを与えられる偉大な『博士』……」
記憶を捨てて、この世界で、生まれ変わろうとした君のために。
君を支え、君を導く、存在に。
「そんなふうに、僕は、なれていたのかな?」
……君によって『生み出された』、あの日に。
君と出会えた僕は、本当に、嬉しかったのだ。
二人で過ごした日々は、本当に、幸せだったのだ。
自らを『生み出した』存在に、確かに、必要とされていたのだから。
「要らなくなってしまった僕は、これから、どうすればいい?」
答えの見えた問いかけを、遠ざかる人に投げかける。
君の耳には、届かない声。
君が決して知ることのない、『僕』の声。
くすり、と、かすかな笑みがこぼれる。
「……『そこに確かに存在するものが、ある条件のときにだけ、存在しないことになる節理』」
ゆっくりと、口ずさむように。
二人で作り上げた、最後の『作品』の名をつぶやく。
完成した発明品を、まっさきに、自分のために使うのは初めてだ。
「僕に、できうるかぎりのことはするよ。約束したからね」
微笑む。最も大切なその人の、これからの幸運を祈って。
「もしも、君が『ここ』に戻ってきてくれるなら、その日まで……」
そして、戻ってこないなら、――永遠に。
『博士』は、『ここ』から、消えるから。
「行っておいで、イリアスティーリャ」
ささやく。
やさしく、やわらかく。
それは、長い長い休日の、始まりの言葉。
さよなら、マスタァ。
――よい旅を。
END.